不貞行為を真に容認していた場合には、慰謝料請求権は発生しないと考えられます。ただし、一見容認しているような言動があっても、それが本心からのものと認められることは少ないと考えられます。
1.不貞行為の容認
配偶者が不貞行為をした場合に、他方配偶者からの慰謝料請求が認められるのは、不貞が不法行為に当たるからです。不法行為は権利または法的保護に値する利益(保護法益)を侵害する行為ですが、不貞の場合、婚姻共同生活の平穏が保護法益であると解されています。
不貞される配偶者がその不貞行為を真意から了承ないし容認していた場合、被害者自身が保護法益を放棄していることになるため、不法行為の成立が否定され、慰謝料は認められないことになります。
2.容認の真実性
理論的には上のように言えるとしても、実際には、不法行為の成立を否定するほどの容認が本当にあったのか、疑問が残るケースが多いと思われます。そもそも、慰謝料請求をしている時点で容認を自ら覆しているのですから、通常は「容認は本心ではなかった」との主張が伴うはずです。
そして、経験則上も夫婦の一方が本心から不貞を容認するという事態はなかなか考えにくいものです。子供のためや生活のためなど、他の事情との兼ね合いでやむを得ず容認のようにふるまっていたが本心では苦痛だったということも多いはずであり、本心からの容認があったと認められることはあまりないと思われます。
したがって、かりに浮気・不倫を容認しているような発言や文書があったとしても、それだけで慰謝料が否定されると考えるのは早計であり、慰謝料請求の裁判を起こされれば負ける可能性があります。
3.不貞行為の容認に関する判例
(1)容認があったことを認め、慰謝料請求を棄却した例
<東京地裁平成28年10月12日判決>
スナックのママAの夫Xが、ママの愛人男性Yに不貞慰謝料を請求した事例です。YはAが既婚であることを知って関係を持った時期があったものの、そのことをXも知りながら関係解消を求めることなく、Yに対して「家内を愛人としてご利用いただき」などと記載した手紙を渡して経済的援助を求めていたという事情がありました。
判決は次のように述べて慰謝料請求を棄却しています。
「Xは,婚姻当初からYとAの関係解消に至るまで,Aの交際を知りつつ容認していたといえるのであって,婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益が侵害されたとはいえないから,Yの行為は不法行為とならないというべきである。」
(2)容認は真意ではないとして、慰謝料請求を認めた例
<東京地裁平成16年2月19日>
妻Xが、夫Aの浮気相手Yに対して不貞慰謝料を請求した事例です。AはXと婚姻するにあたり、自分が将来にわたり浮気することを承諾するよう要求し、「A様が浮気してもやむを得ません、騒ぎません。」などと記載した誓約書を作成させており、その浮気承諾書の存在を伝えてYと関係を持ったという事情がありました。
しかし判決は次のように述べてYに300万円の慰謝料の支払いを命じました。
「本件誓約書は,Aが婚姻を切望するXの弱みに付け入り交付させたものであり,Xの真意を反映したものとは解されず,その内容も,婚姻時にあらかじめ貞操義務の免除を認めさせるものであって,婚姻秩序の根幹に背馳し,その法的効力を首肯し得ないばかりか,社会的良識の埒外のものである。」
<東京地裁平成25年1月18日>
妻Xが、夫Aの浮気相手Yに対して不貞慰謝料を請求した事例です。XはYと直接話し合った際、Aのことを「こんな男でよければ差し上げます。」と発言しており、Yはこれが不貞関係の容認だと主張していました。
しかし判決は次のように述べてYに150万円の慰謝料の支払いを命じました。
「しかし,これは,Xが,Aの不貞行為を疑い,その相手と考えるYを前にしての発言であって,その状況から冷静な判断の下での発言であると解することはできない。よって,Xがこのような発言をしたからといって,Yが,XにおいてAとYとの不貞関係を容認しているものと信頼していたとは認め難い。」