浮気相手の女性に対し「妻とはもうすぐ離婚する」「そうしたら結婚しよう」などと嘘を言って騙し、浮気相手がそれを信じたために体を許したという事情がある場合、浮気相手の貞操権を侵害した不法行為が成立します。しかし、相手も不倫とわかっていた場合、不貞行為という公序良俗違反の行為をしていることから、不法行為は成立するものの、騙した側の悪質性が高い場合を除き、慰謝料請求は認められない可能性が高いといえます。
1.貞操権侵害(貞操侵害)とは
貞操とは、性的な純潔さのことです。人は自分がいつ誰とどのような性的関係を持つかを自由意思で判断し決定する権利を持っています。これを貞操権といいます。騙されたり強迫されて性的関係を持った場合には自由意思とはいえません。
たとえば自分が既婚者であることなど、相手が知っていれば性的関係を持たなかったような事実について、あえて知らせず、そのような事実はないと誤信させて性的関係を持った場合、相手を騙して貞操権を侵害したことになります。
貞操権を侵害することは不法行為を構成し、損害賠償義務が生じます。損害としては、通常金銭損害はないため、精神的苦痛に対する慰謝料となります。
ちなみに、貞操義務というのは、配偶者以外の者と性的関係を持たないという配偶者相互が負っている義務のことで、ここでいう貞操権とは別の概念になります。
2.貞操権侵害の具体例
たとえば、結婚を前提とした交際でなければ性的関係を持つつもりがない女性に対し、結婚する気がないのに「結婚しよう」と言って信じさせ、性的関係を持つことは貞操権侵害となります。不倫の場合であれば、妻と別れる気がないのに「妻と別れて君と結婚する」と言って関係を持てば貞操権侵害になります。
なお、暴行や脅迫を用いて性交することも一種の貞操権侵害ですが、この場合は強制性交罪等の犯罪を構成することはいうまでもありません。犯罪による刑事処分とは別途、民事上も損害賠償請求される可能性はあります。
3.不法原因給付のルール
ところが、裁判では、貞操権侵害が認められても、慰謝料請求は認められないケースが少なくありません。それは「不法原因給付」という民法のルールによるものです。
不法原因給付とは、違法な原因で給付したものは返還請求できないというルールです(民法708条)。これにより、たとえばヤミ金が違法な金利で貸したお金は裁判所で訴えても返還を認められません。
このルールは直接には物やお金の返還を求める不当利得返還という権利に関するものですが、判例により不法行為の損害賠償請求権にも広げて適用されています。つまり、自らの違法な原因によって生じた損害についての賠償請求は認められない、ということになります。不貞行為は違法なので、浮気相手からの慰謝料請求は認められないことがあるのです。
もっとも、最高裁昭和44年9月26日判決は、次のように判示しており、貞操権を侵害した側の違法性の程度によっては慰謝料請求が認められるとしています。
「思うに、女性が、情交関係を結んだ当時男性に妻のあることを知つていたとしても、その一事によつて、女性の男性に対する貞操等の侵害を理由とする慰藉料請求が、民法七〇八条の法の精神に反して当然に許されないものと画一的に解すべきではない。すなわち、女性が、その情交関係を結んだ動機が主として男性の詐言を信じたことに原因している場合において、男性側の情交関係を結んだ動機その詐言の内容程度およびその内容についての女性の認識等諸般の事情を斟酌し、右情交関係を誘起した責任が主として男性にあり、女性の側におけるその動機に内在する不法の程度に比し、男性の側における違法性が著しく大きいものと評価できるときには、女性の男性に対する貞操等の侵害を理由とする慰藉料請求は許容されるべきであり、このように解しても民法七〇八条に示された法の精神に反するものではないというべきである。」
4.浮気相手からの慰謝料請求が認められるケースと認められないケース
<認められる可能性が高いケース>
・既婚者であることを隠して性的関係を持った
・脅迫や暴力などで意思を抑圧して性的関係を持った
<認めらない可能性が高いケース>
・既婚者だがいずれ離婚すると嘘をついて性的関係を持った
・お互い不倫とわかって交際していたが、一方的に関係解消した
5.まとめ
浮気相手から慰謝料請求された場合、認められるかどうかの大きなポイントは「相手も不倫だとわかっていたかどうか」だといえます。実際のケースでは判断が微妙な事情もあるものです。弁護士に相談してみてください。